歴史のオマケ:58

狛犬/21

寺院の起源と歴史

インドにおいて釈迦の死後(紀元前5世紀)、その舍利(遺骨)を納めたストゥーパ(卒塔婆・塔婆)という塔(仏塔)が崇拝の対象となった。当時はまだ仏像がなかったので、人々は仏舍利を安置した仏塔を礼拝し、釈迦の遺徳を偲んだのである。

やがて時代が下ると小型の仏塔が造られ、これを本尊とするチャイトヤと呼ばれる礼拝堂が建てられるようになった。これが寺院の起源である。中国に仏教が伝えられ、これが広まるにつれて寺院建築も一定の形式を整えるようになった。

中国では仏教伝来以前から官庁の建物のことを「寺」といったという。また「院」とは回廊や垣を巡らせた建物一般のことで、寺にはたいてい回廊を巡らされていたから、官庁の建物は寺院と呼ばれたのである。

伝説では後漢の明帝の時、西域から経典をもたらした白馬に乗ってきた僧侶を初めは外交使節の接待用の建物に泊まられていたが、後に専用の施設を建て、白馬に乗ってきた僧侶ところから白馬寺と名付けた。以来、仏教の道場を「寺」と呼ぶようになったという。

三国時代頃から僧侶の住居を精舎と呼ぶようになり、後に寺院の別名として使われるようになった。これはサンスクリット語のヴィーハラを漢訳したもので、釈迦の在世当時からあった僧院の意味である。祇園精舎、竹林精舎が有名である。

日本には欽明天皇の時代、538年に仏教が伝来し、最初に建てられたのが飛鳥寺である。朝鮮半島を経由して中国から仏教が伝わった日本では初めから仏教専用の建物を寺(院)と呼んだようである。

また、規模の小さな寺院を「庵」「坊」「院」などと呼ぶことがある。庵は元々人里離れたところに建てられた簡素な仮の住まい。坊は元来、都の区画だった。それが後に大寺院に所属する小さな寺院を指すようになり、坊に住む人ということでお坊さんと呼ぶようになった。

更に院は南禅寺金地院のように本来は寺の別棟を指していたが、知恩院のように大きな寺院そのものを指す言葉としても使われるようになった。

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写真1
これまたアニメチックな量産型の狛犬だこと。
ここまで来ると何も言えなくなってしまう。
(守山区西城白山神社
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写真2
口に彩色が施してあって、見るからにオドロオドロしい。
量産型を変に手を加えてしまったということか。
(守山区熊野神社
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写真3
見るからに精悍そのものの狛犬だ。
私としては評価しているのだが皆さんにはどう写っているのかな。
(中区新栄白山神社
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写真4
プクプクプッくりのアンコ型狛犬がコレ。
何処が目で何処が鼻だか判らないところが玉に傷。
(中区新栄白山神社
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写真5
この狛犬もよく見かけるタイプの狛犬。
個性がないと言えばそうなのかな。
(中区富士神社
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写真6
大きくて立派、台座まで凝っていて申し分ないのだが、
如何せん、狛犬自体は何の面白味もないシロモノ。
(中区富士神社
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写真7
吹上界隈を歩いていたらとある民家の塀の上にコイツがいた。
普通は却下するところ、愛嬌のある顔に免じて登場させてやった。
(昭和区車田町界隈
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by tomhana0903 | 2006-09-30 06:57


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